働かずに食えた方が良いよね、という話

セミリタイアを目指す

どうもはむです。

日本には古来から、”働かざる者食うべからず”ということわざがあります。Wikipediaによると、”働こうとしない怠惰な人間は食べることを許されない。食べるためにはまじめに働かなければならないということ。”という意味だそうです。新約聖書に由来するのですね、知りませんでした。

新約聖書の時代からずいぶんと社会構造も変化しました。生きるために働くという概念から脱皮し、食い扶持は働かずに稼いで、社会貢献のためだけに生きていくという状況に到達したいものです。

働くこと自体は尊いはずである

働くことはやはり大事なことで、偉いことだと思います。私は博士号まで取得しているので、高卒で働いた人と比較して9年も税金をむさぼっていたわけです。大学で講義を受けたり、研究室で実験をしていても、今働いている人の方がよっぽど世の中に立っているよな、と思っていました。無論、学位取得後に世の中に大きく貢献する(ことが期待されている)からこそ、私のような存在は許容されているわけですが。ですので、やはり労働は尊いものだと思います

働いたから食えるとは言っていない

サラリーマンであれば、労働の対価として給料がもらえます。では、農業・漁業はどうでしょうか?農作物を栽培したが、野生の動物にすべて食べられてしまった…この場合の対価はありません。魚を釣りにいったが、何も得られませんでした…この場合も対価はありません。

どういうことでしょうか。農作物を取られた農民は労働をしなかったのでしょうか?魚を釣れなかった漁師は、労働をしなかったのでしょうか?違いますよね。

真面目に働きはしたが、食うために必要な物やお金は手に入らなかった、というのが正しい解釈だと思います。

働かざる者食うべからずの意味に戻ると、真面目に働いたからと言って食べられるとはどこにも書いていないわけです。少なくとも真面目に働かないと食べる権利は無いよ、と言っているわけですね。

労働の対価=モノ・カネという概念から抜け出そう

現代は昔とは価値観や社会構造が大きく変化しています。少なくとも真面目に働かないと食べる権利は無いよというような時代でも無い気がします。生きるために働く、という概念から脱皮する時が来ているのだと思います。

というのも、多くの企業が、利益追求だけではなく社会貢献を求められています。株主も利益だけではなく社会のために投資することを求められています。モノ・カネのためだけに働くのではなく、社会貢献のためにも働くことが求められているといえるでしょう。

私自身としては、食い扶持は働かずに稼いで、社会貢献のためだけに働くのが理想的だと考えているわけです。社会貢献のためだけであれば、必ずしも働くことに固執する必要は無いので、ブログで情報発信するなど個人が出来ることをやれば良いと思っています。

働かずにお金を得るのは悪いことではない

ともすれば、我々日本人は働かずにお金を貰うことを悪いことの様に考えてしまいがちです。ですが、本当に悪いことは社会に貢献しないことです。確かに、他人様からお金を盗むことは悪いことかもしれません。ですが、広告収入や資産運用でお金を得ること自体は決して悪いことではないはずです。そういう行為を資本主義社会が許容しているわけですし、そうして資本主義社会は成長してきました。重要なことは、そこからどれだけ自分が社会に貢献するか、ということにつきます。

近年ではベーシックインカム制度の導入なども議論されています。生きるために働くという概念から脱皮し、食い扶持は働かずに稼いで、社会貢献のためだけに生きていくという状況を目指しませんか?

結局、資産運用でお金を増やしましょう

きれいごとをいくら並べ立てたところで、生きていけないと始まりません。まずは、資産運用なりで働かずに生きていける状況を確立したいと思います。

アイキャッチ画像は、”THE 5THによるPixabayからの画像”を使用させていただいています。

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