FIREではなくセミリタイアを目指す理由

セミリタイアを目指す

どうもはむです。

Financial Independence, Retire Earlyの頭文字をとってFIRE。さっさとサラリーマンを辞めて、自由になりましょうということですね。とても魅力的です。

ただ、私は必ずしもFIREは目指していません。あくまで目指すのはセミリタイアです。これは、別に働くこと自体が嫌いなわけではないからです。週休三日とか時短とかでプライベートを守りながら働ける状態を目指したいと思っています。

何のために生きるのか?

FIREやセミリタイアを達成せず、普通にサラリーマンを終えた場合、2500時間~3000時間/年で40年間ほど働くことになろうかと思います。計り知れない時間を労働に費やすわけですね。おそらく睡眠の次に長い時間を費やすことになるでしょう。その代償として得た給料で生きていく、という形になります。

さて、もし本来労働に費やす予定であった時間を自由に使えるとしたらあなたは何に使いますか?私は結局自由に研究したいな、と答えるでしょう。骨の髄まで研究者思考なのかもしれません。価値のある研究だけを行い、良質な論文しか出さなくて良いならどれだけ楽しいか、と想いをはせてしまいます。

好きなだけゲームをしたい、動画を一日中見たい、料理をしたい、子供と遊びたい、いろいろあると思います。そこに貴賤は無いと思いますし、それこそが生きる気力の源泉となるでしょう。

労働者が嫌だから、でも良いのかもしれない

皆が必ずしも明確な生きる理由・目的を有しているわけではないと思います。むしろ、労働者というものが致命的に向いていない、あるいは嫌だからFIREを目指す場合の方が多いのかもしれません。良い・悪いの話しではないので、それも十分な動機と言えると思います。

かくいう私もアカデミアが嫌になったからポスドク脱出をしたという過去があります。嫌だから、では次もうまくいかないよ、などと言われますが関係ありません。他人は自分の人生に対して何もしてくれません。

ただ、なぜ嫌なのか?自分はどうしたいのか?に対する回答は持っておくべきだとは思います。

お金のために働くのは嫌だ、と断言できる

私はアカデミアの体質に嫌気がさしたのは事実です。ただ、それと同じくらい嫌だったのが、お金のために研究することでした。こればっかりは民間に行っても解決はしませんが。

お金のために働く、という状況を脱するにはどうしたら良いか?に対する答えこそが、セミリタイアなのです。

株式の配当などで生活が出来る状況であれば、お金のために働く必要は無いですよね。自己実現や社会貢献、もっと生産的なモチベーションがわきます。

当然、お金のためではないのでしんどい時は働かないし、嫌な仕事は嫌だという。雇われている、から働いてやっているというマインドに変えたいのが私の魂胆です。それでも働いてほしいといわれるような人材になるというのは当然ですが。いっそ経営側にまわるのも楽しそうですね。

というわけでして、私は必ずしもFIREは目指していません。あくまで目指すのはセミリタイアです。週休三日とか時短とかでプライベートを守りながら、やりたい仕事だけをするという状況を目指したいと思っています。

アイキャッチ画像は、”Martin WinklerによるPixabayからの画像”を使用させていただいています。

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